嫁ちゃん
わたし
嫁ちゃん
わたし
嫁ちゃん
ブラウザの画面に表示された「自動更新設定:設定なし」の文字を見つめながら、なんとも言えないソワソワした気分が胸のあたりに居座っている。
長年、私のブログ(mono-koto.blog)を支え続けてくれたXserver。そのサーバーとドメインの自動更新サイクルを「設定なし」に変更し、確認ボタンを静かに押した。
契約期間はまだ残っている。ドメインは来年の2月末まで、サーバー本体は5月末まで有効だ。今すぐ画面が真っ暗になるわけでも、ブログがネットの海から消滅するわけでもない。頭ではそう理解しているのに、更新停止を確定させた瞬間、日常の足元に「明確な締め切り」という杭が打ち込まれたような、かすかな緊張感が走った。
思えば、Xserverには本当にお世話になった。 WordPressを立ち上げ、右も左も分からない頃から何年もの間、深夜の更新もアクセスの集中も文句ひとつ言わずに支え続けてくれた相棒だ。トラブルで途方に暮れた記憶はほとんどない。それくらい完成されたインフラだったからこそ、ボタンひとつでその縁を自分から手放すことに対して、胸の奥が少しだけきゅっと痛むような、寂しさに似た感慨が込み上げてくる。
けれど、決めたのだ。道具を自分の手のひらに収まるサイズまで引き算し、身軽に暮らしていくと。
引き返せないエンドと、残された手仕事 #
自動更新を止めたということは、終わりが確定したということだ。
これまでは「いつか気が向いたときに引っ越せばいい」とどこかで甘えていた作業が、今日を境に「期限までに必ず終わらせなければならない現実のタスク」へと姿を変えた。残された時間は、最短で来年2月末までの約5ヶ月。長いようでいて、日々の暮らしの合間に進めるとなれば、決して悠長にはしていられない。
まず頭に浮かんだのは、長年使ってきた独自ドメインのメールアドレスの行く末だった。 ブログの問い合わせ窓口としてだけでなく、いくつかのウェブサービスのログイン用アカウントとしても登録されているはずだ。サーバーを手放せば、当然そのアドレスでの送受信はできなくなる。
「一体どれだけのサービスに、あの旧アドレスを紐づけていただろうか」
少し身構えながら、BitwardenとMacのパスワード.appを開いて検索窓に古いドメイン名を打ち込んでみる。画面に並んだ該当件数は、およそ15件ほどだった。
「……あ、これくらいで済んでいたのか」
もっと何十件も泥沼のように埋もれているのではないかと恐れていたが、拍子抜けするほど少なかった。過去に気まぐれで登録した不要なフォーラムのアカウントや、たまにしか使わない通販サイト。これなら毎日の隙間時間に数件ずつ、新しく仕立てたアドレスへと切り替えていけば、何の問題もなく綺麗に片付く。実態が見えれば、頭を占領していた漠然とした不安の半分は、あっけなく輪郭を失って消えていく。
問題は、やはり残された100本近い過去記事の引っ越しだ。
一括で機械的に流し込むプラグインやスクリプトを組めば、数分ですべてのデータを自宅のHugoへ移すこともできるだろう。あるいはXserver上のWordPressそのものを丸ごとローカルへ落としてきて、手元でじっくり吸い出す方法も頭をよぎった。
けれど、どちらにせよ記事を1本移すごとに、加筆や修正の手入れが必要になるのだ。 WordPress時代に積み重なった過剰な装飾や、不要になったプラグインの残骸を引き算し、写真原本を自宅のMinIOへ丁寧に保管し直し、自分の手で納得のいくMarkdownへと整え直す。ただデータを右から左へ移すのではなく、過去の自分の言葉をもう一度読み返し、新しい器(okadai.me)へ住まわせ直すための手仕事なのだ。
1本ずつ手作業で手入れをして、Xserver側に301リダイレクトの転送ルールを書き足していく。100本あれば100回の手仕事が必要になる。気の遠くなるような作業量に見えるが、締め切りが決まったことで、かえって日々の歩幅をどう刻むべきかが腹に落ちた気もしている。
月千円の節約と、二万円の電気代 #
それにしても、なんだか自分のやっていることがひどくチグハグだなと思う。
自前でM1 Mac miniを常時稼働させ、レンタルサーバーの月額約1,000円を削るために、こうして何日もかけてシステムの設計や記事の移植に向き合っている。固定費を削り、道具を自分の手のひらのサイズに収めることは、私にとって心地よい暮らしを取り戻すための大切な儀式だった。
ところが、その決断を下したまさにその日、ポストに届いた電気代の請求書を見て思わず声が出た。
20,000円。
思っていた金額を軽々と飛び越えていた。夏場のアトリエやリビングのエアコンか、それとも家中の電化製品の仕業か。もちろん消費電力の極めて小さいM1 Mac miniのせいではないと分かってはいるが、月1,000円を浮かそうと必死になっている横で、20,000円の数字を突きつけられると、自分の足元が急におかしく思えて苦笑いしてしまう。
さらに頭の中では、日々の細かな計算がぐるぐると回り始める。
タバコは1日10本。毎日およそ250円を灰にしている計算になる。禁煙していたはずなのに、気づけばまた火をつけてしまっている自分がいる。コーヒーも1日に平均5杯。お腹を下す原因になっていると分かっていながら、作業の合間に淹れる手が止まらない。
「タバコをやめれば、浮いたお金で別のサブスクが維持できるんじゃないか」 「コーヒーを数杯減らせば、胃腸も財布も少しは楽になるんじゃないか」
そんなみみっちい損得勘定が頭をよぎる。けれど、タバコに火をつけ、湯気の立つマグカップを口に運ぶその数分間こそが、思考の結び目をほどく大切な余白の時間であることも知っている。理屈だけでスパッと削ぎ落とせない、暮らしの生々しい癖(へき)のようなものが、私の日常にはりついている。
手仕事の机に戻る #
電気代の請求書を机の隅に伏せ、深呼吸をひとつした。
そわそわした気持ちを抱えたまま画面を見つめていても、余計な雑念が増えていくだけだ。こういうときは、デジタルから離れて物理の手仕事に逃げ込むのが一番いい。
アトリエの作業台に向かい、作りかけの巾着ショルダーバッグの革を広げる。 動画で手順を何度も確認した、本体の貼り合わせの工程だ。今回は両面テープでしっかりと革の端を貼り合わせ、ディバイダーを取り出す。革の端に片足をあてがい、銀面に均等な幅のガイドラインを引いていく。金属の細い針先が、革の肌を滑らかに削るように確かな筋を刻んでいく感触。この感触が、乱れていた思考の針をピタリと中央へ戻してくれる。
罫書いたラインの上に菱目打ちを垂直に立て、木槌を落とす。トン、トン、と響く乾いた音。あいた穴に蝋引きの糸を通し、両手でひと針ずつステッチを走らせていく。
数ミリのズレも許されない作業に集中していると、Xserverの解約も、電気代の数字も、頭の中から綺麗に蒸発していった。
デジタルをいじることも、サーバーを自前で運用することも、私にとっては大切な趣味のひとつだ。だから何から何まで引き算すればいいというわけではない。ただ、趣味だからこそ、管理コストが高くなりすぎて日々の暮らしや手仕事の時間を圧迫してしまっては本末転倒なのだ。
予定していたステッチを無事に終え、道具を定位置に戻した。 部屋を出ると、居間にいた妻がこちらを見てぽつりと言った。
嫁ちゃん
わたし
嫁ちゃん
愛犬のそらが足元に寄ってきて、小さくあくびをした。 午前中に洗って部屋干ししておいたそらのブランケットやタオルを取り込むと、ほんのりと洗剤の優しい匂いが残っている。
締め切りが決まったからといって、慌てて走る必要はない。 15件のアドレスを書き換え、100本の記事を1本ずつ手入れしながら、来年の春までのんびりと歩いていけばいい。月千円の節約と2万円の請求書を笑い話にしながら、私のデジタル手仕事は続いていく。