道具の手触りや暮らしの思索を重ねながら、革しごとやガジェットに向き合う日々の試行錯誤の記録

革しごと日記 02|まだ、自分の型紙ではないけれど

革しごと日記
革しごと日記 02|まだ、自分の型紙ではないけれど
目次
嫁ちゃん 嫁ちゃん
また作業机でシャカシャカやってる……何研いでるん?
わたし わたし
革包丁。ちょっとでも切れ味が落ちると、革が逃げて気持ちまで乱れるんよね。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
ふーん。包丁研ぐ前に、まず自分の肩の力抜いたらええのに。

自分とは関わりのない世界だと思っていた。
革製品はずっと好きだったけれど、それを作る人たちはどこか遠い場所にいるものだと感じていたからだ。特別な工房や専門の工具、どこかの教室に通う職人たちの世界であって、自宅の小さな机の上で始められるものだとは思っていなかった。

きっかけは、ある革鞄を手に入れたことだった。

これまで手にしてきたどんな製品とも違い、その鞄は驚くほど分厚い革で仕立てられていて、鞄単体でもずっしりと重かった。母からは「そのシュリンク加工のシボ、なんだか気持ち悪いわね」と不評を買ったが、私にとっては傷や皺さえも包み込む、たまらなく愛おしい「味」に思えた。その無骨な佇まいが気に入り、今でも毎日のように肩にかけて出かけている。

振り返れば、私はずっと「何かを作っていないと自分を見失ってしまう」ような感覚を抱えて生きてきた。今でもプログラミングを続けているのは、コードを書くのが純粋に楽しいからでもあるけれど、それ以上に「自分の手を動かして何かを生み出すクリエイティブな状態でなければならない」という渇望のようなものが、心の奥底にあるからだ。

あの重たい鞄を手で撫でながら、「いつかこんな形を、自分の手でも作れるようになれたら」と思った。その淡い憧れが、遠くに見えていた革しごとの世界を、少しだけ私の手元に引き寄せてくれた。

刃を研ぐ時間、自分を整える時間
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気がつくと、プリンターで誰かが作った型紙を印刷していた。

解説動画を一時停止しながら同じ工程を何度も見返し、うまくいかない箇所を巻き戻してはやり直す。最初の道具はセットのまとめ買いではなく、動画を何本も見比べて「多くの人が使っている定番」を一つひとつ吟味して揃えていった。結果として出費はそれなりにかさみ、総額で見れば初心者セットを買うのと大差なかったかもしれない。それでも、道具を選び、手元に迎える時間そのものが、すでにモノづくりのはじまりだった。

最初は手元にあったカッターナイフや、手軽なオルファの別たちで革を切っていた。だが、作業を重ねるうちに、自然とちゃんとした「革包丁」を手元に置きたくなった。

手に入れた革包丁の切れ味は凄まじかったが、思っていたよりもずっと早く刃先は鈍った。 切れない刃物で無理に革を断とうとすると、切断面が歪み、繊維が毛羽立ち、それだけで作業のリズムも気持ちも乱れていく。刃先を整える作業は、いつしか革を切る前の欠かせない儀式になった。普段は革砥に何度も刃先を当て、それでも切れ味が戻らなくなると、腰を据えて砥石に向かう。

砥石に水を垂らし、刃を滑らせる時間は、驚くほど無心になれる。 最初は研げば研ぐほど刃先が丸くなり、まったく切れなくなって冷や汗をかいたこともあった。それでも焦らず手を動かしていると、ある瞬間、ふっと吸い付くような鋭さが刃に戻る。砥石はしまい込まず、作業机の片隅にいつも置き、思い立ったらすぐに刃を当てられるようにしている。

革包丁だけでなく、菱錐やへり落としも、刃の手入れを怠るととたんに作業が進まなくなる。始める前は想像もしなかったが、革しごととは、思っていた以上に「刃物と向き合い続ける時間」なのだと思い知らされた。

型紙の「写経」と、物理の現場合わせ
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いまは、YouTubeチャンネル「ネトラポートch」さんや「レザークラフト塾」さんが公開してくれている型紙をお借りして制作を続けている。(もちろん、Youtubeのメンバーシップに入ったり、有料の型紙を購入させてもらっています。)

プログラミングの世界でいうなら、他人が書いた優れたオープンソースのコードを書き写す「写経」の段階だ。だが、画面の中のプログラミングと革の世界には、決定的な違いがあった。

コードの写経なら、極端な話、正しくコピー&ペーストさえすれば誰の環境でも寸分違わず同じように動く。エラーが出れば画面に原因が表示され、直せば一瞬で白紙に戻せる。

しかし、革はそうはいかない。 動画の中で先生が使っている革と、私の手元にある革は、厚みも、鞣し方も、繊維の詰まり具合も、表面のシボの出方もまったく違う。いくら型紙の線通りに銀面(革の表面)へ線を引いたところで、革は紙のように都合よく折れ曲がってはくれないのだ。わずかコンマ何ミリの厚みの違いでパーツの噛み合わせが狂い、接着剤を乾かすタイミングひとつで仕上がりの表情が変わってしまう。

型紙という設計図をなぞりながらも、いま自分の手元にある革の個性を指先で確かめ、その場で刃の入れ方や漉き加減を微調整していく──その「現場合わせ」の感覚だけは、どれだけ解説動画を眺めても身につかない。実際に革を切り、縫い、失敗を重ねる経験を通してしか身体に入ってこないのだと気づかされた。

カットレザーを回す、いちばん贅沢な時間
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いきなり大きな半裁(牛一頭の半分の革)を買う度胸も余裕もなく、いまはA4やA3サイズのカットレザーを必要な分だけ都度買い足して使っている。

半裁を買ってしまうと、厚みや色、質感がしばらく固定されてしまい、初心者のうちにいろいろな表情を試すことができない。小さなサイズを少しずつ買い、色や硬さの違いを手で確かめる今のスタイルは、自分のペースに合っていると感じている。

サイズが限られているぶん、「取り都合」を徹底的に考えなければならない。 型紙のパーツを作業台の上に並べ、あちこち回しながら最適な配置を探る。傷のある場所を避け、革の伸びる方向や繊維の走りを光に透かして確かめながら、何度も型紙を置き直す。

気がつくと、型紙を置いたまま小一時間も刃を入れられずにいる日がある。 作業の手が止まっているようでいて、実はこの「革を見つめて悩んでいる時間」こそが、いちばん革と深く対話していて、ものを作っている実感が湧く瞬間なのかもしれない。

いつか、自分の形を引く日のために
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オリジナルの型紙で、自分だけのカメラショルダーバッグを仕立ててみたい──そんな想いは、もちろん胸の奥にある。

けれど、それは焦って達成すべき目標というよりも、こうして誰かの型紙を借り、刃物を研ぎ、目の前の革と格闘し続けているうちに、いつの間にか自然と辿り着く場所のような気がしている。

嫁ちゃん 嫁ちゃん
まだ自分で型紙引いてバッグ作ったりはせえへんの?
わたし わたし
うん。いまは他人の型紙を借りて、構造と革の癖を勉強してる段階。焦らんでも、続けてたらそのうち自分の形が見えてくるかなと思って。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
ふーん。まあ、そらも待ってるんやし、急がんとじっくりやり。

それがいつになるのかは、まだ分からない。 それでも、作業机に向かい、刃先を整え、革を触る時間を手放さずに重ねていく。その歩みの手触りを、この日記に少しずつ書き留めていきたい。


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