道具の手触りや暮らしの思索を重ねながら、革しごとやガジェットに向き合う日々の試行錯誤の記録

革しごと日記 03|同じようにやったのに

革しごと日記
革しごと日記 03|同じようにやったのに
目次
嫁ちゃん 嫁ちゃん
なんか部屋、めっちゃゴム臭くない……? アトリエからリビングまで流れてきてるんやけど。
わたし わたし
あ、やっぱり分かる? 新しい下敷き用のゴム板買ってみたんやけど、想像以上に匂いがきつくて……。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
そらもさっきからアンタの手ぇ、ずっと怪訝そうな顔でクンクン嗅いでるわ。鼻曲がりそうやから換気扇強にしときや。

最初の頃、菱目打ちという道具はどうしてもうまく使えている気がしなかった。

革の上に刃先を垂直に当て、木槌を振り下ろす。だが、どれだけ叩いても「きちんと打てた」という手応えがつかめない。弱めに叩けば革の裏まで刃が届いておらず、少し強めに打ち直せば今度は深く入りすぎてしまい、穴の形が不揃いになってしまう。均一な深さで、同じ大きさの菱穴を一列に並べることがどうしてもできなかった。

YouTubeの動画を開けば、画面の中の先生たちは木槌を軽快なリズムでトントンと叩き、まるで吸い込まれるように一定の深さで綺麗な穴を開けていく。

「なぜ自分にはそれができないのだろう」

同じ道具を握り、同じように手を動かしているはずなのに、結果だけがまったく違う。動画を一時停止しては手元を見つめ、木槌を振り下ろす力加減や角度といった、自分の腕前の未熟さを痛感してはため息をつく日々が続いていた。

鼻をつく匂いと、沈み込む刃先
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そのとき作業台の上に敷いていたのは、レザークラフトの専門店で買ったものではなく、手近なホームセンターで手に入れた工業用のNRゴム板だった。

手元に届いたときの第一印象は、とにかく「強烈な匂い」だった。 アトリエのドアを閉め切って作業をしていると、鼻の奥がつんと痛くなるほどの刺激臭が部屋中に立ち込める。換気扇を回し、窓を少し開けていても追いつかない。革しごとでは接着剤を使うことも多く、ボンドの揮発臭とゴム板の匂いが混ざり合うと、「このままこの部屋にいたら倒れてしまうのではないか」と本気で不安になるほどだった。最近でこそ匂いの穏やかな白ボンドを使うのが日常化したが、当時は部屋に入るだけで気が滅入っていた。

作業を終えてアトリエを出て、入念に石鹸で手を洗ってからリビングへ向かう。 足元に駆け寄ってくる愛犬のそらに手を差し伸べると、そらはスナック菓子を食べたあとの指先を嗅ぐときと同じように、私の手を執拗にクンクンと嗅ぎ回った。犬の鋭い嗅覚からすれば、いくら洗ったところで異様な気配が指先に残っていたのだろう。

そらちゃん そらちゃん
なんやこの変な匂いは……。

首を傾げて怪訝そうな顔をするそらの表情に、苦笑いするしかなかった。

匂いもさることながら、肝心の「打ち心地」もひどく曖昧だった。 NRゴム板は生ゴム特有の粘りと弾力があるため、木槌を打ち下ろすたびに「ボフッ」と刃先がどこまでも深く沈み込んでしまう。どこまで刃が革に刺さったのか、手のひらからも叩いた音からもまったく判別がつかない。

結果として、ほとんどの場合は刃が深く刺さりすぎていた。 深く入りすぎるほど、抜くのにも余計な力がいる。それでも私は、「途中で打ち込みを止める絶妙な力加減が身についていないせいだ」と思い込んでいた。すべては自分の未熟さのせいだと。

道具沼のソワソワと、確かな手応え
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私は昔から、道具というもの自体に異常な興味を惹かれてしまう癖がある。

モノづくりそのものよりも、道具を買い揃えること自体が目的にすり替わってしまい、手段ではなくなってしまうことが往々にしてあるのだ。ネットで新しい道具を探しているとき、比較サイトやレビューを読み漁りながら「何を買おうか」と調べている時間は、たまらなくワクワクする。だがそれと同時に、胸の奥には「また道具から入ろうとしているのではないか」「腕前の足りなさを道具で誤魔化そうとしているだけではないか」というソワソワとした不安と、ほんの少しの自己嫌悪がいつも渦巻いている。

それでも、穴を開けるたびに訪れるあの正体不明のストレスから逃れたくて、私は意を決して専用のゴム板を注文した。協進エルの「木目調ゴム板」──厚さが3センチもある、重量感のある硬質な板だ。

届いた新しい板を作業台に置き、いつものように菱目打ちを当てて木槌を落とした。 その瞬間、アトリエに響いたのは、これまでと全く違う「カツン」という硬く澄んだ高い音だった。

最初のNRゴム板が衝撃を鈍く吸収していたのに対し、協進エルの板は打ち下ろした力をしっかりと受け止め、跳ね返してくる。打った瞬間に「ここで刃が止まった」という境目が、手のひらと耳にダイレクトに伝わってきたのだ。鼻をつくあの嫌な刺激臭も、驚くほどしない。

余分な深さまで刃先が潜り込まないため、木槌を無駄に打ち直す回数が劇的に減った。革を持ち上げて裏返してみると、そこにはこれまで見たこともないほど均一な深さで、きれいに整った菱穴が一列に並んでいた。

それまでとまったく同じように木槌を振ったつもりだった。変えたのは、机の上に敷いた板の硬さだけだ。なのに、結果だけが鮮やかに違っていた。

机の上全体で起きていること
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道具を適切なものに変えるだけで、こんなにも作業の景色が変わるのかと、嬉しさと同時に少し呆気にとられた。

もちろん、NRゴム板のような柔らかい素材にも「作業音が響かない」という利点はある。夜間や集合住宅など、どうしても音を立てられない環境では重宝するはずだし、それを使いこなせない自分の技術不足もあったのだろう。けれど、ビギナーにとって最も重要だったのは、「刃先がどこまで刺さったか」を手のひらの感触と音で正確に掴める硬い土台だったのだ。

問題がひとつ解消されると、作業全体のリズムが小気味よく整い始めた。 菱目打ちで開ける穴の深さが一定になると、穴の形も均一に揃い、そのあとの手縫いでも針がすんなり通るようになる。

レザークラフトにおいて、とりわけ長いショルダーベルトの距離を延々と菱目打ちしていくような作業は、指先が痛くなり、始める前から少し気が重くなることがある。プログラムのコードを書く前の環境構築でつまずいているような、あの億劫さに似ている。

けれど、同じリズムで、同じ深さの穴がテンポよく開いていく感触を掴んでからは、机に向かう腰の重さがずいぶんと軽くなった。作業の成否は、手先の技術だけで決まるのではない。握っている道具、敷いている板、そして机の上の条件すべてがひとつにつながり、「机全体」で起きていることなのだと知った。

嫁ちゃん 嫁ちゃん
あれ? 今日なんかトントン高い音鳴ってへん? 板変えたん?
わたし わたし
うん、専用の硬いゴム板にしてん。叩いた瞬間にどこまで刃先が入ったか分かるようになって、穴の大きさが揃うようになったわ。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
へえ、道具ひとつでそんな変わるんや。まあ、道具のせいにばっかりせんと、しっかり腕も磨きや。

妻の言う通り、道具を揃えただけで腕が上がったわけではない。相変わらず直線は歪むし、コバを磨けば粗が目立つ。

けれど、「なぜうまくいかないのか」という暗闇の理由がひとつ解き明かされたとき、私はこの手仕事をもう少しだけ先まで続けられそうな気がした。

今夜もアトリエの明かりを消し、静まり返った机を後にする。明日また、あの「カツン」という確かな音を響かせるために。


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