道具の手触りや暮らしの思索を重ねながら、革しごとやガジェットに向き合う日々の試行錯誤の記録

革しごと日記 05|へり落としが、まだ納得できない

革しごと日記
革しごと日記 05|へり落としが、まだ納得できない
目次
嫁ちゃん 嫁ちゃん
また机の上、黒い消しゴムのカスみたいなのいっぱい散らかして……何削ってんの?
わたし わたし
革の角を落としてるんよ。でも、動画の先生みたいにスーッと一本の糸みたいに削れへんのよね。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
削りかすにまでこだわらんでも、ちゃんと形になってたらええんちゃうの?

へり落としが、どうしても思ったようにいかない。

YouTubeを開けば、画面の中の先生たちはいとも簡単にへり落としを走らせている。手元から、まるで細い素麺やパスタのように途切れず、スルスルと一本の糸を引くような美しい削りかすが滑り出してくる。

何度も動画を巻き戻しては、先生の指先の角度を凝視した。 けれど、自分の手元では最初から一度も、あんな削りかすが出たことはなかった。「へり落としとは、そもそもこんなものなのだろうか」と、首を傾げながら作業机に向かう日々が続いていた。

表面を滑るか、深く刺さるか
#

革の角に刃を当てて押し出す。 角度が合えば、ほんの少しだけ刃が素直に入り、気持ちよく進む瞬間もある。

けれど、その状態は長続きしない。数ミリ進むと急にガクッと引っかかり、削りかすはブツブツと途切れてしまう。

柔らかい革に至っては、刃先が入っていくというより、革の角の上を押しながら表面をツルツルと滑っているだけのような感触になる。少し力を込めて角を出そうとすると、今度は刃先が革の銀面にブスリと食い込んで刺さってしまい、大切な革に深い傷をつけて冷や汗をかく。

一方で、硬めの革のほうが比較的うまくいくことが多い。繊維が締まっている分、刃が逃げずに安定しやすいのだろう。 けれど、同じ力加減、同じ角度で当てたつもりでも、次の瞬間には結果が変わってしまう。

「刃を当てる角度が悪いのかな」 「力加減が強すぎるのだろうか」

あれこれ持ち方を変えて試してみるものの、安定して同じ削りかすを出し続けることができない。そこに、消えないもどかしさが残り続けていた。

二本目を買っても、魔法は起きなかった
#

最初に手元に迎えたのは、クラフト社のへりおとし No.1(0.8mm)だった。初心者向けとして一番よく紹介されている定番のサイズだ。

どうしても思い通りの切れ味に辿り着けず、「道具のグレードを上げれば解決するのではないか」という道具好き特有の甘い期待が頭をもたげた。そうして二本目として購入したのが、協進エルの「マスターへり落とし No.1(約0.8mm)」だった。

届いた二本目を握り、さっそく革に刃を当ててみた。 最初の一本目よりは、確かにいくらかうまくヘリが落とせたような気がした。けれど、手応えが劇的に変わったかと言われれば、正直「その程度」だった。画期的に切れるようになったわけではない。

二本目には、メンテナンス用として耐水ペーパーと小さな丸棒が付属していた。「これで刃先を研いで維持する」ということらしく、説明書通りにペーパーを巻きつけて研いでみた。だが、砥石で研ぐ革包丁のような確かな手応えがなく、なんとなく「本当に研げているのか?」という実感が湧かない。

使っているうちに、やはり最初のときと同じように表面を押して滑る感触に戻ってしまった。

道具を変えても、そこに魔法は起きなかった。 どちらの道具が悪いということではないのだ。一本目のクラフト社も、二本目の協進エルも、刃物そのものに力がないわけではない。問題は道具そのものよりも、この小さな溝に隠された「刃先をどう研ぎ、どう維持するか」というメンテナンスの解像度にあるのだと気づかされた。

丸棒の太さと、研ぎのデバッグ
#

革包丁のときもそうだった。最初は研ぐ角度が浅すぎて全く切れず、砥石と向き合う中でようやく刃が吸い付く角度を身体で覚えた。

へり落としの研ぎにも、何か決定的なコツがあるはずだ。そう思い、あれこれと試行錯誤を始めた。

転機になったのは、三本目の道具に付いてきた別の丸棒だった。 手元にあった付属の丸棒と比べると、明らかに細い。へり落としの先端にある極小の溝にあてがってみたとき、「あ、これだ」と指先に伝わってきた。それまでの丸棒は溝に対して太すぎて、肝心の刃先の奥まで耐水ペーパーが届いていなかったのだ。やっと溝の底にぴったりと合う道具が揃った。

そこから、研ぎの手順を一つずつ見直していった。

最初は丸棒にペーパーを乗せて引くだけだったが、細い丸棒を下敷きにし、革の角に塗ったピカールや青棒を使って刃裏を磨いてみる。何度か試しているうちに、刃の入り方が変わり、短いながらも「糸を引くような状態」が出始めるようになった。

けれど、その状態は長く続かない。 「へり落としという刃物は、思っている以上に頻繁に研ぎ直さなければいけないものなのかもしれない」 そう思い至ってからは、数回使っては研ぎ、また数回使っては研ぐ、というサイクルを繰り返すようになった。

糸を引く状態が安定するまで、どの工程が一番効いているのかピンとこない部分もあったが、試行錯誤の末に今のやり方に落ち着いた。 耐水ペーパーの上に椿油をほんの少し落とし、そこに青棒をしっかりと塗り込む。ペーパーの下に例の細い丸棒を添えて、角度を保ちながら刃先を引いて研ぎ上げる。

この研ぎ方にしてから、へり落としの動きは明らかに変わった。 刃先が革の角を捉え、スーッと抵抗なく進み、あの憧れていた「糸を引くような削りかす」が手元から伸びていくようになった。

納得のいく場所を探しながら
#

もちろん、研ぎ方だけでなく、刃を当てる角度や押し出す力加減が、日々の作業の中で少しずつ手に馴染んできたことも大きいのだと思う。

へり落としは、作品を仕立てる工程の中で何度も手に取る道具だ。 だからこそ、途中で引っかかって作業のリズムが止まる状態を、そのままにして進めたくなかった。

嫁ちゃん 嫁ちゃん
なんか針とかピカールとか油とか持ち出して、余計大掛かりになってへん?
わたし わたし
いや、丸棒が太すぎて研げてへんかったんよ。細い棒にして油と青棒で研いだら、ちょっとだけスーッていくようになったわ。
嫁ちゃん 嫁ちゃん
ふーん。まあ、自分が納得いくまでトコトン研いだらええやん。

いまの研ぎ方で、完璧にすべてが解決したとは思っていない。 相変わらず革の部位や厚みによって刃の入り方はブレるし、先生のように流れるように削り落とすには、まだまだ手の感覚が追いついていない。

「一応の納得を得ているような、得ていないような」

いまの自分の心境は、まさにその曖昧な場所にある。 それでも、原因のわからない暗闇の中で刃を押していた最初の頃に比べれば、手のひらには確かな手応えが残っている。

焦らず、数回使っては研ぎ、また革に向き合う。 へり落としという小さな刃物と長く付き合いながら、いつか本当に自然な削りかすが当たり前に出る日まで、この机の上で試行錯誤を重ねていこうと思う。


※本サイトの漫画やイラストはフィクションであり、実在の製品・団体・人物・地名とは関係ありません。

※本サイトに掲載する情報には充分に注意を払っておりますが、その内容について保証するものではありません。

※本サイトの使用ならびに閲覧によって生じたいかなる損害にも責任を負いかねます。