嫁ちゃん
わたし
嫁ちゃん
革しごと日記は、レザークラフトが日々の仕事であり、大切な趣味でもある私が、制作の過程で見つけた革の手触りや道具の面白さ、そして暮らしの余白を綴るシリーズです。
今回は、母からの依頼で作った「巾着ショルダーバッグ」のお話。
前回の試作で作ったグレーの巾着バッグ(シビラ リスシオ仕立て)は、母にプレゼントしたはずが、気づけば妹への誕生日プレゼントへとスライドしていった。母から「早く私の分も作って」と急かされていたこともあり、9月21日の納期に向けて、新しい革を取り寄せて作業台に向かうことにした。
すると母からは、「私の分は、まだーっ?」と、茶目っ気を含んだ催促の声が届く。その声には、確かに待ち焦がれるような、柔らかな期待が滲んでいた。九月二十一日。その日を期して、私は再び新たな革を手に、静かに作業台へと向かう。
オルティーカの深い緑と、もっちりとしたシボ #
今回選んだ革は、イタリア・ヴィルジリオ社のピット鞣しシュリンクレザー『LINEA VASCA Box(リネア ヴァスカ ボックス)』。カラーは「#Ortica(オルティーカ)」という、深く落ち着いた濃い緑色だ。

名 称:『LINEA VASCA Box / リネア ヴァスカ ボックス』 製 造:Virgilio Conceria Artigiana / ヴィルジリオ・コンチェリア・アルティジャーナ(イタリア) 鞣 し:植物タンニン鞣し(ピット槽鞣し・バケッタ製法) 形 状:ショルダー 染 色:染料仕上げ、芯通し染め 仕上げ:シュリンク加工
作業台に広げてみると、きめ細かなシボが均一に入っており、指先を滑らせると吸い付くようなしっとり感がある。
以前仕立てた「シビラ リスシオ」は表面にしっかりとロウが引かれた硬質な革で、あれはあれで使い込むほどに艶が上がってくる素晴らしい革だった。ただ、巾着バッグという構造上、革に強いハリがあると口元を紐で絞ったときのすぼまり方がどうしても硬く、少し突っ張るような印象があった。
その点、このリネア ヴァスカ ボックスはシュリンク加工特有の柔らかさがありながら、芯には植物タンニン鞣しならではのコシがしっかりと残っている。柔らかいのにフニャフニャせず、革のコバ(切り口)を磨けばきちんと艶が上がってくれる。
まだ出来立ての今は革に初々しい張りがあるけれど、日々の暮らしの中で使っていくうちに、くったりと良い具合に馴染んでいくはずだ。巾着を紐で引いたときに生まれるドレープ(シワの陰影)を眺めながら、この革を選んで本当に良かったと指先で納得していた。
暮らしの収まりと、程よいサイズ感 #
完成した巾着ショルダーバッグに、普段持ち歩くものをあれこれと入れてみる。
高さは、600mlのペットボトルを入れて頭が少し隠れるくらい。長財布やスマホ、キーケースを放り込んでもまだ少しゆとりがあり、日常のちょっとした外出には一番使い勝手の良いサイズ感に落ち着いた。

鞄というのは、大きすぎれば持て余し、小さすぎれば出番が減ってしまう。 この巾着は、底マチの丸みと革の柔らかさが相まって、荷物を入れたときに自然なふくらみが生まれる。ぎゅうぎゅうに詰め込むのではなく、少し空気を孕むくらいの余裕を持って紐を引いたときの佇まいが、なんとも心地いい。
2メートルを超えるステッチと、静かな無心 #
巾着ショルダーバッグを作るのは、これで2回目になる。 型紙と制作手順は、YouTubeでお世話になっている「ネトラポートch」さんのもの。勝手は分かっているつもりだったが、工程ごとに動画を一時停止しながら、ひとつひとつの手順を丁寧に確認して手を動かしていく。
一番の手強さであり、同時に一番無心になれたのは、ショルダーベルトの制作だった。
幅(2cm)の細い革を2枚貼り合わせ、ぐるりと外周をステッチしていく。ベルトの長さは116cm。つまり、往復で2.3メートルを超える距離(糸の長さは4倍使っている)を手縫いで縫い進めることになる。
ディバイダーで均等な幅のガイドラインを引き、菱目打ちを垂直に当ててトントンと穴を開けていく。蝋引きの糸を通し、右から左へ、左から右へと針を交差させていく。同じリズムを何度も、何百回と繰り返す。
ステッチが終われば、今度はその2メートル以上の距離のコバを磨く作業が待っている。 トコプロを薄く指先で塗り広げ、帆布(はんぷ)でキュッキュッと磨き上げる。派手な工程は何ひとつない。けれど、地道に手をかけた分だけ、革の端が引き締まり、手にしたときのあたりが柔らかくなっていく。
作業台の大きな面積を占領していた革パーツが、針を進めるごとに立体のバッグへと組み上がっていく。時計の針は静かに進み、気づけば部屋の空気もすっきりと落ち着いていた。
母への引き渡し #
手渡すと、母はぱっと顔を輝かせ、「わぁ、素敵!」と目を細めながら受け取ってくれた。手に取って開口一番、「いいねー!」と満面の笑み。
早速、バッグ全体を撫でるように触り、「軽くて柔らかいね。この革のしっとりした感じがとてもいいわ。それに、落ち着いた色合いも上品で使いやすそう」と、じっくりと指先の感触を確かめながら感想を伝えてくれた。
ひと通り褒めてくれたあと、母はいつもの調子でこう聞いてくる。 「これ、中にポケットってつけられへんの?」
新しいバッグができるたび、母は必ずと言っていいほどポケットのリクエストをしてくる。小物を整理したい気持ちはよく分かるのだが、今回の形はシンプルな巾着バッグだ。ふんわりと丸みを帯びた構造の、一体どこに、どうやってポケットを忍ばせればいいのか。内側に貼り付ければ革の自然なドレープが崩れてしまうし、外につければ無骨になりすぎる。頭の中で型紙をめぐらせながら、「巾着にポケットは難しいんよ」と苦笑いするしかない。
けれど、母が毎回そう口にするのは、それだけ本気で普段使いしようとしてくれている証拠でもあるのだろう。使いやすさに対する母なりのこだわりなのだと思うと、作り手としては無碍にはできない。
「次はなんとか工夫してみるわ」
そう答えながら、私はすでに頭の片隅で、革の厚みとポケットの収まりについて考え始めていた。できることなら、あの少し欲張りなリクエストにも、いつかちゃんと応えてやりたいと思っている。
机の上に鎮座する、贅沢すぎるランチャー #
バッグの仕立てを終え、針やスリッカー、ゴム板を片付けると、作業机の上にぽっかりと広い余白が戻ってきた。
いつもなら大きな革を広げるために奥へと押しやっていた機材──AKAIのMIDIキーボード「MPK mini Ⅳ」を、少し机の手前へと引き寄せてみる。

清潔感のある白いボディに、すっきりと並んだ25鍵のミニ鍵盤と8つのツマミ、そしてほのかに灯るベロシティ対応のパッド。手元のMagic Keyboardと並べても驚くほど机の景色に馴染んでいる(このホワイトを買ったあと、グレーにすれば良かったと思ったことは内緒)。
音楽機材としての佇まいは文句なしに格好いいのだが、正直に告白すると、今の私はこの機材を「キーボード」としてはほとんど弾いていない。Macのアプリケーションを起動するランチャーとして使い、あらかじめ割り当てたキーを叩いて定型文を一発入力するための「物理ショートカット機」として机に鎮座している。
しかも、その定型文というのは「1日に1回使うかどうか」という程度のもので、残りのキーやパッドは完全に持て余している状態だ。
鍵盤を弾くこともなく、ツマミを回してフィルターをかけることもなく、ただの豪華すぎるショートカットボタンとして使われているMPK mini Ⅳ。机の上にちょこんと座っている姿を見ていると、「さすがにキーが余りすぎていて、我ながら贅沢すぎるランチャーだな」と少し苦笑いしてしまう。
道具沼と、これからの余白 #
けれど、無理に音楽を作ろうと気負う必要もないと思っている。
革しごとも、プログラミングも、音楽も、私にとっては「何かを自分の手で作り出す」という同じ根っこから伸びた枝葉のようなものだ。気持ちが音楽制作に向かないときに無理やりメロディをひねり出そうとしても、ただ疲れてしまうだけだ。
やりたいことは、まだまだ机の上に山積みになっている。 このMPK mini Ⅳだって、いずれAbleton Live Liteを立ち上げて、短いドラムループやベースラインを組んで遊んでみたい。机の片隅にあるDJコントローラー「DDJ-FLX4」で、自分で作ったトラックを並べて気持ちよくMixしてみたいという構想もある。
さらには、手元にある古いMacBook Pro 2015にLinuxを入れて遊んだり、M1 MacBook Airを余計なものが入っていない執筆専用マシンに仕立て直したりと、デジタルの道楽も尽きることがない。
道具沼に落ちては遠回りし、本来の用途とは違う付き合い方に苦笑いする。そんな無駄とも思える試行錯誤も含めて、ものづくりの手触りなのだと思う。
わたし
嫁ちゃん
わたし
バッグを縫い終えた指先の心地よい疲労感とともに、コーヒーを一杯淹れる。 足元では、愛犬のチワワ「そら」が安心しきった顔で丸くなって寝息を立てている。
机の上の道具たちを定位置に戻し、私はまた、自分だけの静かな創作の夜へと戻っていく。
大(OKADAi Leather Atelier)