革の貼り合わせのために、接着剤を塗る。愛用しているのは適度なしなりがあるジラコヘラだ。
銀面を傷つけないように薄く、均一に伸ばし終えたとき、当然ながらヘラの先端にはべったりと接着剤が残る。
さて、このヘラをどうするか。
きれいに拭き取ってから次の工程へ進むのが、道具を愛する職人として正しい姿なのだろう。けれど実際のところ、私の右手はほぼ間違いなく、ヘラのお手入れなど完全に放り出してしまう。
理屈の上では、時間がないわけではない。ゴム系ボンドを使うとき、塗ってすぐに貼り合わせるわけではないのだ。表面を少し乾かし、指で触れてもベタつかない「半乾き」の状態を待ってから圧着するのがセオリーだからだ。だから本当は、ウエス(布切れ)を手に取ってヘラをきれいに拭う時間くらい、いくらでもあるはずなのだ。
頭では分かっている。分かっているのだが、接着剤を革に伸ばした瞬間から、私の頭の中では勝手に見えないカウントダウンが始まってしまう。
「早く貼り付けないと、乾いてくっつかなくなるんじゃないか」
そんな根拠のない焦りが、指先を容赦なく急き立てる。ましてや白ボンドを扱っているときなどは、乾き始めるのが目に見えて早いからなおさらパニックに近い。位置がずれないうちに、接着力が落ちないうちに、早く正確に圧着したい。その一心で意識の100%が革の貼り合わせ面に持っていかれ、視界からヘラの存在が消える。
そうして、接着剤がついたままのヘラは、机のどこかへ大慌てで「一時退避」させられることになる。
傍から見れば笑ってしまうような話だが、この「接着剤まみれのヘラをどこに置くか」という問題は、私にとって長年、作業台の上の地味に深刻なストレスだった。
迷走と、ドヤ顔の撃沈 #
思えば、これまで正解が分からないまま色々な失敗を重ねてきた。
革しごとを始めたばかりの頃は、何も考えずに作業机の端っこへそのまま置いていた。当然、作業が終わる頃には机の上にネチャネチャとした塊がこびりつき、革の削り粉やホコリを巻き込んで無残な汚れになる。それを消しゴムや溶剤でゴシゴシ落としながら、「自分は一体何をやっているんだろう」と激しく後悔した。
要らない裏紙の上に置く作戦も試した。けれど紙の上に置けば、今度は紙の繊維ごとガチガチに接着剤が固まる。剥がそうとするとビリビリに破れ、結果として「紙屑がびっしりこびりついたヘラ」が出来上がるだけだった。
これはいけないと、頭を使って工夫したこともある。カードサイズに切ったアクリルなどの硬質プラ板を作業台の隅に置いてみた。「汚れてもこの板だけ拭けばいい」という作戦だ。
さらにそこから、「ポリプロピレン(PP)なら接着剤がくっつきにくいんじゃないか」と閃いた日がある。PP製のクリアファイルをハサミでカードサイズに切り抜き、プラ板の上に両面テープで丁寧に貼り付けた「特製ヘラ置きボード」を自作したのだ。
「これは天才的な発明かもしれない」
作業台の前でひとりドヤ顔になりながら、接着剤まみれのヘラをそこに置いた。しかし現実は非情だった。
作業が終わって固まったボンドを剥がそうとしても、思ったほどつるんとは剥がれない。結局、爪を立ててカリカリ擦ったり、別のヘラで力任せにこそぎ落としたりする羽目になった。「全然あかんやん……」と作業台の前でひとり項垂れ、作業の流れは完全にストップした。
接着剤がどこかに付いてしまわないかビクビク気を配り、終わったあとの後片付けで余計な体力を使う。作業台の上のたった数センチの場所なのに、ちっとも心が休まらなかった。
AIへの丁寧な相談と、シリコンという答え #
机の上で接着剤と格闘しながら、「一体どの素材なら、ゴム系ボンドが気持ちよく剥がれてくれるんだろう」と頭を抱えた。こういう疑問が浮かんだとき、私は熱が冷めないうちにすぐAIへ壁打ちをする。
頭の中に浮かんだ疑問や試行錯誤は、作業が終わってお風呂に入る頃には霧のように消えてしまう。だから、今まさに机の上で困っているホットな状態のまま、スマートフォンを手に取って問いを投げるのだ。
我ながら少し可笑しいのだが、私はこういうとき、AIに対して割と丁寧な言葉遣いで相談を持ちかける癖がある。
「ゴム系の接着剤が固まったあとに、一番つるんと綺麗に剥がれる樹脂素材は何でしょうか?」
ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン、シリコン……。画面の向こうのAIと素材の特性をあれこれ突き合わせながら、候補をひとつずつ絞り込んでいく。その対話の中で散らかった頭がすっきりと整理され、最後に「これだ」と導き出されたのがシリコンだった。
そこで試してみたのが、ごく普通のシリコン製コースターを作業台の端に置くことだった。

これが、驚くほどしっくりきた。
接着剤がついたヘラを、何も考えずに最短の動作でポイと置ける。机を汚す心配もなければ、紙のように貼り付いてしまうこともない。「余計な場所に接着剤がついてしまうかもしれない」という警戒心を、頭の中から完全に締め出すことができたのだ。
そして何よりたまらないのが、作業が終わったあとの後始末だ。
コースターの上で冷えて固まった接着剤は、指先で端っこを少し擦るだけで、「ぺりっ」と気持ちよく剥がれていく。
あの大手通販のダンボールから、配達伝票のシールが糊残りもなく一枚つるりと綺麗に剥がせたときのような、あの快感によく似ている。剥がすという意味では同じジャンルなのだから当然かもしれないが、あの「一切の抵抗なく剥がれていく瞬間」は、何度味わっても胸がすく。
張り詰めていた貼り合わせの工程が終わり、息を吐きながら薄いゴムの膜をぺりぺりと剥がす。その瞬間、ヘラもコースターも何事もなかったかのようにすっぴんの姿に戻る。それは単なる片付けというよりも、次の工程へ向かうための気持ちのいい句読点のようなものだ。
どうでもいい数センチの平和 #
「接着剤のついたヘラをどこに置くか」
端から見れば、本当にどうでもいい話だと思う。100円そこらのシリコンコースターを作業机に置いたからといって、私のレザークラフトの腕前が劇的に上がるわけでもないし、世界は何ひとつ変わらない。
けれど、ものづくりの作業というのは、こうした取るに足らない小さなストレスや選択の積み重ねでできている。
「机が汚れるかもしれない」という恐れや、「どこに置こうか」と迷うコンマ数秒の迷い。そうした小さなノイズを作業台からひとつひとつ引き算していくこと。
置く場所に迷わない。余計な心配をしない。その数センチの平和が確保されているからこそ、私は目の前の革を貼り合わせる瞬間の、あの心地よい緊張感に無心で没頭できるのだと思う。
今日も私の作業台の片隅には、小さなシリコンコースターが静かに控えている。
みんなは、あのベタつくヘラを、一体どこに置いているのだろう。
大
OKADAi Leather Atelier